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  <title>◆〓本のシャワーにさらす肌〓◆</title>
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  <description>◆本をめぐる日常雑記中心。
「草書評」の楽しさを心がける本好きの雑記系ログ。
書店やイベント、医療施設での読みきかせ活動にも参加。
ここでトラブルがあったときは、「物語るにはまだ早い」
(下の方のリンクから跳べます)を避難所として更新。
◆ページ管理者：中村びわ(biwanaka[atﾏｰｸ]infoseek.jp)
事実記載でおかしい点、誤字などそっとお教えください。

◆Japanese Text Only
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  <title>【No.1140】その分、長生きする…３月21日</title>
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  <description>世間的には３連休で、せめて箱根の温泉あたりでも行ければ良かったのだが……。
このところ息子が家族とは一切出かけたくないということで旅行の計画を立てさせてもらえないし、家人は年明けから繁忙で、この連休をはさんで長期出張中。
私は私で、連日それなりの用事があって対応して、今夜も今から食事の片付けのあとに仕事を広げようかと思っているところである。仕事も、もうちっとがちっと勤めに出て働ければ良いが、(パワーは充分であっても)年が年であるようだし、景気も景気であるので、このままずっとこぼれ落ちてくるような仕事を有難く受け止め、日銭稼ぎにいそしむ。日銭稼ぎなりに実績らしきものも出てきたので、それを武器として挑戦してみようかということも控えている。
また、仕事にはあまり関係なく、良い本を探しながら読んで書いて考えて、読みきかせもして、社会的な活動の充実も図りたい意欲はあるので、新年度に向けて、それなりの仕切り直しを整えつつある(真人間みたいなこと、書いているなあ)。

お彼岸ということで、もう一体何年前になるのか、ある女の子の結婚パーティーで、花粉症によるノドのトラブルと闘いながら、かすれた声でさせてもらったお祝いのスピーチを思い出していた。
そこで触れたエピソードなのだが、「深いイイ話」があるのだ。

彼女は、私が様々な印刷物の制作をしていたときに、同じ場所で働いていた同僚であった。年齢は私より２つ３つ下だったと思う。
「同僚」と言っても、彼女がグループ企業の本社プロパーなのに対し、私はその系列会社のプロパーであった。しばらく机を並べていたことがあり、あるとき、出身学校の話をしていた折だったか、彼女のお兄さんが、学生時代の私の遊び仲間であることが判明してびっくりした。おバカなサークルで大騒ぎしていたときの先輩が何とお兄さん、その人であったのだ。

そのお兄さんは体育会応援団風のいなせな人で、普段は人当たりがいい。だが、怒らせると物凄い怖そうな人であった。暴力団系の怖さに通じる強面になることもあり、ファーストネームもそれなりのびしっとした趣きあるものなのであった。
で、いつもその人は「俺の名は○○だが、妹の名は銀子」と言っていた。「そうか、妹は銀子か。さすがに釣り合いのいい名前だわい」と皆で感心していたので、机の隣で働いているみやびな名の女の子が妹だとは夢にも思わなかったのである。
おそらくそういういきさつがあったので、彼女のお兄さんも当然列席している結婚パーティーで祝辞という運びになったのだと思う。

私のスピーチは長めになってしまって申し訳なかったが、まずその偶然の巡り合わせについて説明をさせてもらった。
それから、お彼岸に結婚式をしたことがとても良かったのではないかということを述べさせてもらった。

ご兄妹のお父上は、しばらく前に亡くなっていた。中堅商社に勤めるビジネスマンとなった先輩が、郷里でひとりになってしまったお母上を東京の自分の家族のところへ迎えたという話を聞き、(それは今どきなかなかできない親孝行だ。さすがだな)と尊敬の念を新たにしていたのである。同居をする奥さんも大したもので、その人柄の良さは、毎年くれる年賀状で知っている。

のちに東南アジアの地へ長きにわたって家族と赴任した先輩は、会社の事業の基幹を担うバリバリの商社マンとなったわけだが、大学は２浪して入っていた。
「２浪は結構辛いものがありましたね。親御さんは何て言っていましたか」と、学生時代に尋ねたことがある。
すると、こういう答が戻ってきた。
「親父には、２年無駄にしたんだから、人より２年長く生きりゃいいんじゃないか、と言われたよ」
独特のカッカッカッという感じの豪快な笑いと共に漏れてきた言葉なのであるが、私は(そういう発想があるのか、やはり父親も豪快な傑物だなあ)と、いたく感じ入ったのだ。

この常識を引っくり返すような胸をすく言葉が、それからずっと頭に残っていた。
特に子どもが乳幼児のころは、自分の思い通りに好きなことに取り組めない。自分がこうして子どもの世話をしている間に、世間はどんどん動いて行ってしまう――そういった焦燥感は、多くの母親が抱えるものであろう。
そういうとき私は、「いいや、今できない分、どうせ自分は長生きするから、あとでやろう」と思ってしのいできたのである。それは今も同じで、やらなくてはいけないことに追い回される時、「いいや、どうせその分、私は長生きするから」と唱える。そうすると、つまらなく思える作業であっても、腰を据え、へこたれるどころか余裕ゆえの楽しささえ感じて取り組むことができるようになる。

そういう豪快な発想の父親のお子さんたちにふさわしく、兄は商社マンとして、妹は会社勤めを一段落させて米国に留学して、国際的に羽ばたいた。亡くなったお父さまも、彼岸が娘の結婚式で喜んでいることだろう。亡くなった人の冥福を祈るのに、今日の慶事は何よりではないか。そういうようなことを話した記憶がある。

「できることは先に伸ばさない。今すぐ取り掛かれ！」という考えがビジネス啓発書の類いには多いように思う。
それもまた１つの真理ではあろうが、何でも効率よく片付けていくという発想は、個人の命を縮める。太く短く生きたいのなら、そうすれば良かろう。だがしかし、効率を突き詰めてきたから、今のような社会の状態に至ったのであろう。
これからは、先々まで健康で生きていき、遠い将来のため、やりたいことに取り組むパワーを温存しておくということで、「その分、長生きをする」という発想に切り替えるのも悪くない。人だけでなく、組織もまた同様に……。</description>
	<dc:creator>biwa</dc:creator>
  <dc:date>2009-03-21T20:59:04+09:00</dc:date> 
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  <title>【No.1139】雑記あれこれ…３月16日</title>
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  <description>◇テリー伊藤が出るというので、昨日夜NHKの再放送で「総理にきく」を観てみたが、どうもおとなしめでスマートな突っ込みで、そういう人当たり(NHk当たり)の良さも一面としてあるヌエみたいなところは政治家向きなのだろうと思う。

日商会頭の東芝会長・岡村正氏の端正さ、それでいながら「選挙は政策論争にしてほしい」とずばりぴたりとポイントを突いた提言に共感を持つ。まあ、中長期を展望しながら経営戦略を練る企業人にとっては、当たり前すぎるほど当たり前の希望なのだが、それは生涯設計を描く国民にとっても同様なのだが、ここ何回かの選挙はマトモな政策論争になっていた記憶がないので、改めてお願いすると新鮮な感じ。
昔の自由民主党、社会党、共産党、公明党といった政党の時代には、イデオロギーと、それに基づく政策がはっきりしていたから、大人が子どもに特色を説明するのはやり易かった。今は経済政策をどうするのか、福祉をどう考えるのか、憲法をどう捉えるのかなど、どうも立場がすっきり伝わってこない。
岡村氏が「技術を力に環境立国を」というのは、東芝の人なれば自然な発想であり、もしかして技術畑出の経営者なのかと思いきや、ググって調べてみると中野区出身→戸山高校→東大法学部で、東大ラグビー部とのこと。
財界のトップになっていく人って決して仕事人間ではなく、良い趣味を持っていたり、意外な側面を持っていたりすることが多い。だからこそどっぷり漬かったところでの判断ではなく、しなやかに意思決定していく力が養われるのだろう。

それはさて置き、本当はテリー伊藤ではなく、ビートたけしのはずであったとこちらで知り、ううむ、残念。
しかし、確かにビートたけしではどうなっちゃうのかが予想つかず、番組制作担当者がクビを賭けることにもなりかねないので、ああいう作りで仕方なかったのだろう。

◇卒業式シーズンで、今月に入ってから袴姿の若い女性たちをよく見る。
着物はそれぞれにきれいなのだが、髪型や髪飾りを見ると「あんたら、キャバクラのコスプレデーかっ!?」と思わず問いかけたくなるようなキャバさである。清楚で「ハイカラさん」というイメージのお嬢を見たいものである。
私が卒業をした1980年代半ばあたりには、袴姿はまだ20人に１人か30人に１人ぐらいの珍しい装いであった。振り袖姿という人が何人かいた。
私は洋装で、片方の肩にベルベットの黒リボンがついた銀色系のドレスであった。まだウォークインクローゼットに入っている。
何も時々出してきて、コスプレを楽しむことはないのだが、どうしたものかをもう四半世紀以上考えているのである。

◇もう２週間ほど前のこと。体が密着するほどではないが、結構混んでいる朝の通勤電車に、黒いダウンジャケットを着て、首に白いストールを巻いた、よくあるファッションの20代とおぼしき女性が乗り込んできた。
そいつ、まさに乗り込むために片足を電車に掛けた瞬間に、いなり寿司を一口食べていましたよ。

左手に持っていたのは、コンビニに売っているような３個入りのケースで、右手に割りばし。１個めの一口めを口に入れたと同時に乗り込み、ドアの片隅にポジションを定め、そして窓の方ではなく、内側を向いたまま、そのいなり寿司の詰め合わせを食べ続けていた。多くの乗客と向かい合う格好である。
「いや、大した玉だね」と出かけた声を飲み込んだ私。久々のインパクトであった。
それでも、いろいろ状況設定を考えてはみた。シングルマザーでパートのハシゴをしていて、次の職場に行くのに食事時間が取れず、やむなく移動中に食べているのであろう、いや異文化の人なのかもしれない……というように。

女性に関するインパクトものを拾うとすると、数年前、新宿駅で階段を上がっているときに、高さ６センチぐらいのハイヒールのヒールだけがもげて、そこに転がって落ちていた。持ち主というか、履き主というのか、その人がどういう格好で歩いて行ったのかを考えると面白いが、同伴の男性が抱き上げて行ってくれたなどという絵を想像すると、いくらかロマンティックではないですか。

あと１つは、かんざしの話である。子どもがバブちゃんだった頃だから、もう13年の昔のことになる。埼玉のスーパーで買い物をして品物を袋に詰めていたら、隣にいた山んばっぽい(渋谷のセンター街にかつていたようなのではなく、昔話に出てくるような本当の山んば)年配女性が髪をくしゃくしゃのダンゴにしていた。
そして、そこに刺さっていたのが何と割りばしなのだが、何本か刺さっていたもののうち、真ん中でベキッと折ったものも混じっていて、「怖っ！」とのけぞった。
ちょうどこんな感じの山んば
この本はシリーズになっていて、小学中学年向けでなかなか楽しい

見方を変えれば、どれも都市怪談として通用しそうである。</description>
	<dc:creator>biwa</dc:creator>
  <dc:date>2009-03-16T21:57:13+09:00</dc:date> 
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  <item rdf:about="http://biwa.blogtribe.org/entry-786da356c2ffdede4ed1690f0495d384.html">
  <title>【No.1138】風の男たちとそよ風の子どもたちのつづき…３月10日</title>
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  <description>この時期の読みきかせに良い本のご案内。
候補がいろいろあっても、30分程度のおはなし会を誰かと組んでやると、自分が使えるのは３冊ほど。
だから、実際には子どもたちの前で試していない本もある。

この３冊は、テーマが引越や入学。
プログラムの流れにも左右されるが、どれも文字量がそこそこあるお話なので、就園前の小さな子たち相手だと、ざわついた場所で読むのはやや辛い。読み手の力量やら、しっかり聞けるお友だちが周囲に揃っているかやら他の要素もあるのかしらんが、最後まで集中してもらうには微妙な長さ。
どれも、お話の内容は良い。

『と・も・だ・ち』は、イギリスの絵本。新しい家に越してきたアンディが友だちを作りに出かける。彼は一緒に泳いで遊んでもらえる友だちを探している。けど、ゴミ捨て場で遊んでいる子やお転婆な女の子、ロックンローラーみたいな子や博士みたいな子の様子を見て、引いて、親交を深められずに帰ってきてしまう(大人の皆さんも自己投影でき楽しめそう)。
でも、母親に「もし、おともだちを つくりたいのなら、あいての ありのままを、だいじに おもってあげなきゃ、ね」(まつかわまゆみ訳)と言われて、出直す。すると、昼間それぞれひとりで遊んでいた子たちがペアになって遊んでいるのを見て、(もしかしたら、ともだちを つくるのって、およぐことより だいじなのかも。)と思う。で、一人ひとり相手に、どう一緒に遊べるかを仕切り直す。……とまあ、ネットやケータイ依存のひきこもり傾向にある人を集めて読みたいような一冊(笑)。
向こうの本なので、「だきしめて」「キスして」という表現があり、場を選ぶ必要があるけれども、絵の感じもしゃれている。

『くものがっこう』は『葉っぱのフレディ』のみらいななさんの作。
雲の子の「うんぼく」「うんなん」「うんせい」「うんとん」が学校に入る。そこでは、隣同士で体をぴったり寄せ、皆で曇り空を作れるようになったら卒業なのだ。それで、いろいろな形に変われるように練習を始める。丸や三角、長い四角、好きな形など。
こういう設定が面白いし、最後に曇り空を見事に作ったあとの展開が素晴らしい。だって「クライマックスが曇り空じゃ、絵的にどうなのだろう」と思うわけですよ。そこから絵がカラフルになり、その絵が心に残るような流れにしている。非常に良い後味。
この本は、学校現場で助け合って何かに取り組まなきゃいけないようなとき、例えば運動会の出し物の練習をするようなときに、導入としても良い。対象は中学年ぐらいまでかな。

『ランドセルがやってきた』は良い企画。ランドセルを扱った絵本はあるが、おはなし会で使いたくなるような楽しいものって、あまり思い浮かばない。
中川ひろたか＆村上康成の定番コンビなので、パフォーマンスは水準を行くもの。五味太郎、とよたかずひこ、村上康成といった絵本作家の作品は「また、この人のこの絵柄か」と受け止めてしまうけど、必ず絵にアイデアがあるので、選書としては手堅い。
これは、学校から帰ると、おじいちゃんから入学祝いとして送られてきたランドセルが届いているところから始まる話。色がどうだ、匂いがどうだ、大きさがどうだと形状をめぐる話を母親としていて、その辺にあった新聞や家計簿などを入れて、かついでみることになる。かついでみると外へも行きたくなり、出かけて行って、近所の人たちに声をかけてもらえる。
ご近所コミュニティが機能している社会が羨ましくなるような設定で、子どもたちが育つ環境がこうあることを願ってやまない、という筋違いのコメントをつけたくなる。

こちらの３冊は春らしい本。
『とってもいいひ』はプログラムの最初に持ってくるといい感じであった。
最初は「なんて わるいひ なんだろう」(いしいむつみ訳)で始まる。それで表紙にいる鳥や動物たちに起こった良くないことが順番に紹介されていく。半ばぐらいに「でもね でも そのあとで」で切り返しがあり、「災い転じて……」良くなる状況が紹介されていく。
すきっと短いが、絵柄がくっきりしていて一画面ずつのインパクト強く、焦らずゆったりと読んで聞かせられるのが良い。題通り「とっても いいひ」で終わるので、「さあ、これから何を読もうか」と続けていける雰囲気が整う。

『ふしぎなはなや』はミステリ風。
けんたという男の子が語り手で、彼のうちは花屋。男の子なのに花屋なんて、と思っている。
父親が温室で花の栽培をしていて、母親が店でそれを売っている。どちらの仕事ぶりも不思議で、それもそのはず２人は魔法使い。知らぬは息子ばかりなりで、夜、夫婦は息子が跡を継いでくれるかどうか話をしている。
杉浦範茂画伯の絵が絶品ですね。これ、元は「キンダーおはなしえほん」という幼稚園児向けペーパーバック絵本だったようで、一般書店では流通しなかったものだけど、眠っていた作品をよく掘り起こしてきた。と言うより、杉浦範茂作品をペーパーバックだけで放置しておいたのは失礼だった。上製本になって、よかった、よかった。

『ちびっこぴいた』は期待の新人作家こばやしえりこさんの作品。タブロー画では内外で活躍の実績があるということで、絵はかわいいし、きれいだし、ユーモアもあるし、デッサン力はあるし……。ただ、お話が長過ぎる。長過ぎて、とても会では扱えなかった。
カイツブリの夫婦に生まれた３羽の赤ちゃんの末っ子の話。エサを探しに行って、お兄ちゃんやお姉ちゃんにかなわなかったり、池のあちこちで珍しいものに会ったり、怖い目にあったりなのだが、繰り返し話のパターンが３つほど織り込まれるのは辛い。見せたい絵ばかりだったと思うが、欲張らず画面数も文字数も削った方が良かった。しかし、すべての絵本が読みきかせ用というわけではない。夜、お話好きな子を寝かしつけるには、じっくりこのぐらいの分量の本で満足させてあげたい。

『こんこん こんなかお』も村上康成本。お話を作ったのはますだゆうこさん。
パートナーが見つけてきてくれた本だが、「りんごに顔があるとどうなるか→笑い顔」「やかんならば→おこり顔」という具合に次々展開していくので、皆で絵の真似をして遊ぶのに楽しい。そうやって体や顔を動かすようにしてあげると、場がほぐれますから……。
おはなし会をする人にとっては、大変に有り難い内容の本。</description>
	<dc:creator>biwa</dc:creator>
  <dc:date>2009-03-10T14:04:36+09:00</dc:date> 
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  <title>【No.1137】風の男たちとそよ風の子どもたち…３月８日</title>
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  <description>きのう50分ぐらいだけ白洲次郎のドラマを見てみた。
日本で初めてジーンズ(リーバイスかな？右の写真)をはいたと言われている男性ですね。

この２冊をしばらく前に読んで、おふたりが暮らしていた武相荘も何年か前に行って、ここにレポートも書いて、私の中のブームは去っているけれども、ドラマの選曲、映像の感じ、調度品・衣装などの美術はなかなか良いと思った。
あの役者もなかなかどうしていい男だ。ただ、白洲正子が何かヤク中みたいに表されちゃっていて、彼女が語っている設定というのがどうも……。もちっと、さばさば喋った人なんじゃないかというイメージを持っていたので、ピンとこなかった。

あすこに河上徹太郎が出てきていて、彼の著書『日本のアウトサイダー』は私が学生の頃の教養必読図書みたいな扱いで大層刺激的だったのだが、けしからん。中公文庫も新潮文庫も品切れ。現在、新潮社でオンデマンド出版だけしている。
ちなみにアウトサイダーとして書かれていたのは中原中也、萩原朔太郎、三好達治、梶井基次郎、堀辰雄、岩野泡鳴、河上肇、岡倉天心、大杉栄、内村鑑三などの面々。
河上徹太郎は、最近読んだ『吉田健一対談集成』(講談社文芸文庫)でも、計３章分、吉田茂の御曹司・健一と対談していて、日本の世紀末なんぞについて語っていて、面白い。

風のような冒険家と言えば、最近は石川直樹氏だろうか。
おとといの６日夜は世田谷文学館における『パリデギ』を書いた韓国人作家・黄皙暎氏の講演会を見送り、その前は六本木の青山ブックセンターでチラシをもらっておいた沼野恭子氏『ロシア文学の食卓』のトーク、そしてブルース・チャトウィン『ソングライン』の新装版で解説を書いた石川直樹氏のトークも見送ってしまった。

成し遂げた冒険のいくつかには「最年少で」と冠がつき、将来を嘱望されていた石川氏については、大変に気の毒としか言えない事故に見舞われた上、ネット上でもかなり炎上的な酷い叩きがあったようだが、写真と文章での今後の表現に期待したい。
と言うのも、ご本人は嫌がるかもしれないが、石川淳がおじいちゃんなんでしょ？
おじいちゃんトークの面白いDAIGOちゃんじゃないけど、そういう意味でも応援したい気になる。

石川淳は亡くなった作家しか所収されないらしい岩波文庫に珍しく存命中に所収された『至福千年』、私は持っているからいいけど、これは品切れ。
他に『狂風記』はまさに風の男の小説。あと、こちらの『紫苑物語』と『六道遊行』という作品に、中村びわという人が何か書いているよ。
石川直樹氏が前に新聞で書いていたエッセイで、一般人がお仕着せの観光で出かけることなど「旅」じゃない、自己と向き合うのが旅だというように書いていたことについては、「頭、カタいんじゃない？」と思ったけど……。

最近、大磯の吉田茂邸と鶴川の白洲邸「武相荘」をめぐるバスツアーがよく宣伝されているけれども、刷り込まれたものの再確認だって、日ごろ出つけない人には新しい空気を吸う行為として、旅の意味はあるのだと思うよ。
たとえば、私は白洲邸に行ったとき、ある隅っこの地面の株から生え始めた青い葉を見て、それがホトトギスだと分かった。自分の家の狭い敷地にもその株があるからホトトギスだと分かった。とても地味な植物なんですよ。
でも、それがなぜホトトギスと呼ばれているかということを知ってたりすると味わい深い植物なのだ。そのように、人は独自の体験に照らし合わせ、冒険のような大げさなものでなくても、知の冒険のひとときを持てるのである。お手軽バスツアーの中であったとしても、そういう体験ができるなら、そういうものを旅と呼ぶことに何のためらいもない。
テレビで見たおいしいものを直接食べに行き、「ああ、やっぱりおいしい」と確かめに行くのだって、そういうことで満足の行く自分を確認するのであるから、何を旅の価値、満足にするかというのは、何も他者のケースを否定しながら傲慢に書くことではない。ただ、自分にとっての旅や冒険の価値を表現してみれば良いだけのこと。
チャトウィン『ソングライン』はそのうち読んでみたい。二コール・キッドマンの映画「オーストラリア」とカップリングで楽しむと良いのかも……。

そうそう、風の男・白洲次郎については、西武流通グループ総帥であった堤清二こと辻井喬氏が小説を書こうとして、白洲さんは生まれが貴族だから面白い小説にならないかもしれないと考えてやめて、代わりに財界四天王・水野成夫について新聞小説で書いたという経緯もあった。
その題が『風の生涯』なのである。ここのリンクでも、中村びわという人が何か書いているよ。
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	<dc:creator>biwa</dc:creator>
  <dc:date>2009-03-08T22:40:17+09:00</dc:date> 
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  <title>１月行った、２月逃げた、３月は去るか…３月１日</title>
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  <description>今日はこちらにも坂東真理子風に書いています。ということで、「品格」に触れる話を少しばかり。

マイケル・オンダーチェ『ディビザデロ通り』(新潮社クレスト・ブックス)、かなり良い。オンダーチェは美しいものを、そう表現してほしいという形で書いてくれる。
あっ、ただ、この小説は「小説読み」として、中級ぐらいでないと楽しめないと思いますよ。

例えば、このなかに白人の少女が家出して、ヒッチハイクで黒人ドライバーのトラックに拾ってもらうエピソードがある。
読み手は、何かむごいことが起こるのではないかと不穏なものを想像する。しかし、それを裏切るような良いエピソードを提供するのだ。どういうものかは具体的には書けないが、「人情ってそういうものだよな」と思わせるような救いをこちらへ投げてくれる。

オンダーチェはスリランカの富裕層の出身であるが、いろいろな血が混じっているために、人種という面で何かいやなことに遭ってきたのかもしれない。だからこういうものが書けるとも安直に考えられる。つまり、黒人という弱者にありきたりの役割を与えないということだ。

ところがカーレド・ホッセイニというアフガニスタン出身のベストセラー作家。
『千の輝く太陽』は良い出来なのだが、「ちょっとこれは勘弁してほしいな」と思わせるような挿話を書く。生理的にいや〜な感じの残るエピソードである。それは、映画でヒットした『君のためなら千回でも』にも同様のものがあった。
前に、南アフリカのクッツェー(ノーベル賞作家)の作品でも感じたのだが、そういう小説の性質が私は苦手だ。
これは、初めて会った人に清潔感がなかったり、何か人品卑しい感じの笑い方をされたり話をされたりすると、あんまり親しくはなりたくないと感じてしまうのと同じ。無論、自分がそういうファースト・インプレッションを与えていないかどうかは常に気になるところ。

むごいエピソードを書くのであっても、それを取り上げる微妙なタイミングや、切り口などで、作家の「真」の在りかのようなものが透けて見える。
作品の出来不出来という評価とは別のところで好き好きが決まり、それが読み手独自の評価につながる。そういうところを的確な言葉で表現できることに私は１つの幸せを感ずる。

見出しには関係のない話になった。
見出しを振ったときは、まったく別の軽い話を書こうとしていたのであった。</description>
	<dc:creator>biwa</dc:creator>
  <dc:date>2009-03-01T20:17:01+09:00</dc:date> 
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  <item rdf:about="http://biwa.blogtribe.org/entry-51cbef74ccfb49dcf267f7779d4736f0.html">
  <title>【No.1136】パラダイム・シフト…２月28日</title>
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  <description>金融システムや経済体制に疎いので、まったくの当てずっぽうの与太で恐縮だが、今朝、シティグループが政府管理下に入ったというニュースを聞いて「こりゃ大変だねー」と思い、ふっと頭をよぎったのは……。

これから４月にかけて、もう一段、二段ずっこけていくような感じになると、かなり思い切った世界経済の立て直しが必要なのだろうな、ということ。
つまり、変動相場制を固定相場制に一時的にでも切り替えていき、世界経済を緩やかな回復へ向けて再編するようコントロールしていくためのパラダイム・シフトも必要になってくるのではないか。

無論、状況は世界大戦の後あたりとは大幅に違っていて、どこからどう手をつけるべきかに困ってしまう。とりあえず石油を産出しているアラブの皆さんには、石油価格をそこそこの産出量と価格でコンスタントに供給してもらうようお願いする。それをベースに、各国が「貿易」と「国内生産」のバランスを図り、世界経済へリンクさせていくというようなイメージなのだろうか。まあ、各国が内需に悩み、貿易も国内生産も取るべき舵を失ってしまっているところが問題の根本なのだろうが。
固定相場制は「たとえばそういう発想で」というシフトの例にしか過ぎないから、もっといいシフトの方法があると良いと思う。

もし経済活動を公的機関の保護・管理下で行うようにしたら、発展途上の中国、インド、アフリカ諸国などは黙っちゃいられないだろう。発展途上国では人口が増加しているわけだから、それに見合った大幅成長をさせていかないと餓死者が多数出るということになる。
また、ユーロや米国はじめ先進国間での利害がもろにぶつかる。独特のスタンスに立つロシアも乗ってはこないだろう。それにこれだけ多国籍企業が増えて、そんな体制が取れっこないということもあり、さらに民族や宗教の利害も絡む。

そして、最大の課題は誰がシフトのリーダーになれるかということだ。
本当は、非武装で国連の常任理事国でもなく、国民の貯金高が比較的高いという意味では余裕のある日本あたりが、世界中の優秀な経済学者やリーダーたちに呼びかけをして、会議でも企画していかにゃならんのよ、きっと。自分の政党が次の選挙で勝てるかどうかという目先の利害ばかり考えて、時間を蕩尽している場合ではない。与党も野党も……。
それからオバマ大統領だが、彼は米国のリーダーであって、世界平和に向けてのリーダーとしての手腕はもしかしたらあるのかもしれないが、どうも世界経済再編の立役者としてはミスキャストという印象だ。
いずれにせよ、オバマ大統領と麻生総理が並んでみたところで、その種の会話が交わされたのかどうかを問うのは野暮だろう。はああぁ、あ、あ……ですね。

私もあと５年ぐらい真剣に経済の勉強をしたら、総理大臣にでもなれそうか(笑)。今は早起きして子どもの弁当作りをしないといけないので、頼まれてもやらないけどな。

最後にもちっとファンタジックな話で流しておくとすると、「世界的な経済不況というのは地球という星のホメオスタシスなのかなと」も思うわけである。ホメオスタシスというのは生体均衡とでも訳すのかしら。
つまり、地球くんが温暖化でもって「近ごろ何だか息苦しいなあ」と感じているわけですよ。それで、私たちの体がウイルスと闘うときに熱を出すように、地球温暖化を抑えるために活発になりすぎた人間どもの経済活動、ひいては人間活動全体、人口増大を抑制するために経済を押さえつけようとしている。

ただ、温暖化自体もそう単純なものではない。経済が停滞すれば温室効果ガスも減るだろうというものでもなかろう。
先進国で技術開発にいそしんで温室効果ガスを吸着したり抑制したりするしかないという状況になってきている。明かりを消して夜の活動を停止したり、寒いのにあっためてもらうのをやめたりというようにして、便利なライフスタイルをあきらめていく努力をほとんどの人がしようとは思っていないから……。
この状況で、もし先進国が停滞してしまったら、温暖化抑止のための技術開発も停滞してしまうので、温暖化に対する術(すべ)も失ってしまうということになる。
地球くんの生体均衡も実はヤキが回ってしまっているということなのかもしれない。</description>
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  <dc:date>2009-02-28T09:06:01+09:00</dc:date> 
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  <title>【No.1135】売れ筋に付加価値をつける…２月26日</title>
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「こんな定番絵本ばかり並べて、この人いったい何を語るつもりか」と受け止められそうだ。
確かに『たまごのあかちゃん』なんて、おはなし会で何回読んだことか。

だが、書影をクリックしてみそ。価格にびっくりするはず。

さっき知ったばかりだが、この福音館書店の３冊、１月に大型絵本が出ていたのである。
どれも何十万部か売れ、左と右はおそらく100万、200万単位、いやもっと売れていると思うが、この大型化に「いいとこ突いてくるよ」と感心。
図書館や公民館、児童館などのおはなし会では、赤ちゃん、乳幼児向けおはなし会が定着しつつある。お母さんたちの育児ストレスを軽減するため、行政が仲間づくりの場を提供する目的があるからだ。そこで活用できる。5880円の本だが、500部、1000部は楽に売り切りそうである。
私も6000円弱ならマイブックで持っていてもいいかという気にさせられた(とりあえず、次回おはなし会用は図書館で予約したけどねっ)。

『きんぎょがにげた』は「かくし絵」になっていて、赤いきんぎょが赤いものが多いところにまぎれこむのを探して遊ぶのだが、遠目があまりきかない。よって、こじんまりしたおはなし会でしか活用はできなかった。でも大型化されると小さい子たちと遊べて楽しいよね。
まあ、大型絵本はプログラムの最後にしか使えないものだけどね。その理由は、よく考えてみてくださいまし。

さてさて景気が「ずんどこ」ですが(笑)、このように定番や売れ筋を見直し、ちょっとした価値を付けて新たな需要を掘り起こすというのは商売の基本ですよね。
福音館書店は、編集と営業のバランスが良い出版社だと昔から思っている。
「大したことがない企画を営業力にまかせて売りまくる」「とても丁寧な物作りをしているのに営業センスがない」など、企業のカラーはさまざまだと思うが(出版で言うと、Ｐ社とＩ社かなあ)、見習うべきところがあると思う。他の業界でも……。

しかし、この企画、正直、覇者ひとり勝ち的なところもあるように思う。</description>
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  <dc:date>2009-02-26T17:45:00+09:00</dc:date> 
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  <title>【No.1134】ロシア美人…２月25日</title>
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  <description>『ロシア文学の食卓』で思い出したが、こちらの「ロシア美人」が４月に久しぶりに来日されるみたいで……。東急文化村へ。
昔、上野で公開されたときは、２時間待ちというような行列ができていたように記憶する。そのときに私は見ていない。

ロシアで一番の美人だと思うが、私よりはちょっと落ちるか……(爆笑)。
「忘れえぬ人」という邦題がついていたかな。ナボコフの小説の挿絵になりそうな女性である。

このところ少しだけロシアづいていて、『ロシア文学の食卓』を読むしばらく前、ロシア系のやや贅沢なアクセサリーを手に入れた。
ロシア夫人のおしゃれというと、毛皮にびろうど、そして金やその宝飾品というイメージだ。

『ロシア文学の食卓』を書いた沼野恭子氏も、近影を見ると、そういうものが似合いそうなワイルドっぽい美人。
ご主人(ですよね。お兄さんではなく)は、ああいう教養のある美人においしい料理を作ってもらうから、良い仕事ができるのかなあと思った。ご主人も黒のタートルネックにチャコールのびろうどのジャケットが似合いそうな感じ。かっこいいご夫婦である。外大でロシア語科にいた人を前にちらと知っていたのだが、もしかすると生徒だったのかもしれない。その人はロシアの女性を奥さんにもらったと聞いている。

写真は、ずっと前に誰からかもらったポストカード。いや、もしかするとヨーロッパから帰る時にでも、モスクワ空港で自分で買い求めたものなのだろうか。名画が30枚ぐらいセットになっていて楽しめる。</description>
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  <dc:date>2009-02-25T20:08:38+09:00</dc:date> 
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  <title>【No.1133】本で知る民族性…２月24日</title>
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  <description>立て続けにいろいろな民族の本を読んだので、「民族」について考えている。
それに絡めて「おくりびと」のことも……。

映画は見ていないけれど、読書家で知られる本木くんが青木新門氏の『納棺夫日記』を読んで映画製作すべきと思ったらしいが、あれが評価されたのも、おそらく日本的な所作や儀礼的なものの美意識、精神的なところが伝わるよう表現されていたことが大きいのかと推察。
『納棺夫日記』の文庫版と単行本の右は、青木新門氏の童話の本と紀行。面白そうだ。


立て続けに読んでみたのは、
アイルランドの『フランク・オコナー短篇集』(岩波文庫)
米国の作家クレイグ・クレヴェンジャー『曲芸師のハンドブック』(ヴィレッジ・ブックス)
韓国の作家である黄皙暎『パリデギ 脱北少女の物語』(岩波書店)特押し。村上春樹氏も読んでいるかな。読んでほしいな。「壁」と「卵」なんてたとえを使わず、小説で表現し切っている。
沼野恭子『ロシア文学の食卓』(日本放送出版協会)


それで今、あと少しで、アフガニスタンから米国へ亡命したカーレド・ホッセイニ『千の輝く太陽』(早川書房)を読了するところ。
ここ10日ばかりで他にも１冊『吉田健一対談集成』(講談社文芸文庫)を読んでみた。
吉田健一は吉田茂の御曹司である批評家・作家ですね。オックスフォードにちらり行っていたこともあって、何か白洲次郎とかぶる。白洲次郎はもうすぐドラマになるらしいですね。

いずれも素晴らしい本なので、時間を作って考えたことをまとめてみたいと思う。
きょうは『パリデギ』『ロシア文学の食卓』を上げることができた。

[追記]３月上旬に、韓国の黄皙暎(ファン・ソギョン)が来日し、世田谷で講演会を行うみたい。
『パリデギ』は韓国で50万売れたという。
もしノーベル文学賞に、サッカーＷ杯のようなアジア枠があるならば、入って当然の作家ではないだろうか。
少なくとも彼は、「壁」と「卵」の双方を意識しながら独自の世界観で小説を書いている。
読了した『客人』『パリデギ』には尊敬の念を持ちます。</description>
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  <dc:date>2009-02-24T21:43:27+09:00</dc:date> 
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  <title>【No.1132】穴に落ちたら這い上がれ！のつづき…２月21日</title>
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  <description>さて、子どもの本には、「穴に落ちる」という話が結構ある。

えーと、その前に、【No.1131】で、『ろくべえまってろよ』を批判しているような流れになってしまいましたが、ちょっと言い訳。
私、この絵本、子どもが小学３年か４年のとき、教室での読みきかせに使いましたよん。
なぜ選んだのかというと、小学校の先生方が研修で使うような作品だということを知っていたので、先生への配慮ということが１つ。
それから、「わんこ、どうなっちゃうのかなというハラハラドキドキ→わんこ、助かって良かったあ」という感情の流れをクラスのみんなで共有してほしかったから……。これはもちろん、教室という場において、同じ体験を重ねるということの大切さを意識したものであり、朝の時間という貴重な教育のひとときを分けていただいての活動だったので、そこで何かしらの貢献をしたいと考えたからです。
「ああ、良かった」という安堵感に着地させることで、それ以降の集中力へもつなげていける。良い形で１時間めの授業に持って行けるよう、担任の先生へバトンを渡せます。それがうまく行ったかどうかの自己評価は難しい。難しいけれども、学校という場でボランティアをする人ならば、子どもの前で何かやるということに舞い上がらず、そういう意識を多少なりとも持って選書をするのが良いのではないかと思います。

さて、読書アドバイザーの先生のような発言をしてみたところで(笑)、『ポッチャーン！』は、水の表面に映った月をチーズと勘違いして、井戸に落ちたオオカミの話。
『いったでしょ』は、現物が手元になくて確認できないが、確か穴に落ちちゃうシーンがあったと思う。この絵本、前にも書いたけど、親にとっての良い育児書だ。私は、そう自分のキモに銘じて読んでいた。「良い育児書です」と断って、医療機関のボランティアでも、お母さんたちに何回か紹介している。
母親が子どもと一緒に歩いていて、危ない目に遭わないように前もって注意するけれども、子どもは母親が心配した通りの失敗をする。だから「いったでしょ」と母親が声をかける。これが、ごく短い言葉で表現され展開していくが、ヤマ場のところはちょっと違うパターン。高い場所にさしかかった子どもが「注意はしないのか」というニュアンスのことを尋ねると、意外にも「飛びなさい」と声がかかる。
この本も中学年ぐらいの教室で、何かのおまけ本として利用したけれども、子どもたちの気分に実に合っていたのだと思う。終わってからしばらく、「いったでしょ」「いったでしょ」と子どもたちが口々につぶやいていた。
右端の『マンゴーとバナナ』は、一緒に収められているインドネシアの民話「まめじかカンチル」が穴に落ちる話なのかな？
東京子ども図書館のガチガチ硬派読みきかせ一派(これは私の偏見なのでスルーしてちょんまげ)が「おはなしのローソク」という素話に使う冊子シリーズを出していて、どうもその素話というやつ、一字一句をたがえてはいけないらしいのだが、しかも、話す前に必ずローソクを灯すらしいのだが、そこにも入っているみたいですね。これが穴に落ちる話というのは検索ゲットの情報なので、自分のメモ代わりに貼っておく。

文学でもいくつかありますよね。

もはや内容を忘れかけているが、『ねじまき鳥クロニクル』では主人公が穴を掘っていくようなイメージで自己を掘り下げていくと、それがノモンハン事件につながっていくような、ちょっと『カラマーゾフの兄弟』にとっての「大審問官」という関係を思わせるような挿話があった。
『穴』は、落ちるというより掘る話だ。でも、先祖が昔落ちたのだったか。面白い話だったということだけ覚えていて、内容はすぐに忘れる私。感想を書き残していない本は紹介できませんね。
『穴』は文庫本にもなった。うちの中学生に読んでもらわないといけない。
もう１冊、確か映画を見て、このログのどこかに感想を書いたはずの『古井戸』という中国文学もある。鄭義という作家の作品で、井戸に落ちた男女のエロス・タナトゥス。安部公房『砂の女』的設定であった。鄭義は『神樹』という大作も傑作の誉れ高いみたいですね。

ところで、『ねじまき鳥クロニクル』を書いた村上春樹氏がイスラエルの虎穴のなかにわざわざ出かけて行って、ガザ侵攻に批判的な発言をしたらしいが……。それだけの情報から考えてしまうと、賞をくれるという人々に対して批判的な発言をするぐらいなら、何で賞を辞退して声明を出すに留めなかったのかが疑問だ。
あざとい演出的効果にしか感じられない。何かのロビー活動なのかな。
イスラエルが祖国のようなものである指揮者ダニエル・バレンボイムが、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートのトークでちらりガザ侵攻を批判するというのとはわけが違うっしょ。ああいうのは、「日本人というのは、場をわきまえられない人種だ」という見方はされないのだろうか。

最近の作家の発言で言うと、水村美苗氏が自著『日本語が亡びるとき』についての好意的なレビューのいくつかが削られたのはおかしいとアマゾンにかみついたみたい。これについては、「作家がネットに書かれていることを気にしているということをバラしたらダメよ(作家や記者がネットでネタ拾いしていることもばれちゃうじゃん)」というのと、「アマゾンは本屋であって、しかも本の専門家でない人たちが始めた本屋という商売であって、文芸サイトじゃないんだから」という感じですかね。

ネットのネタ拾いは私もガシガシやりますが、今のところ商売にしていないということになぜか贖罪的な感覚はある。
こういうところで絵本ネタを拾って新聞社系の教育雑誌でエッセイ書いたり、良識人が篤志やボランティアに目を向けていることをキャッチして事業を起ち上げたりしている人は、よもやいないだろうね(笑)。</description>
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  <dc:date>2009-02-21T11:27:02+09:00</dc:date> 
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