<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?> 
<rdf:RDF
   xmlns="http://purl.org/rss/1.0/"
   xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"
   xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
   xml:lang="ja">
  <channel rdf:about="http://bardesoap.blogtribe.org/">
  <title>デリバリーヘルス一日体験</title>
  <link>http://bardesoap.blogtribe.org/</link>
  <description></description>
  <dc:language>ja-jp</dc:language>
  <items>
  <rdf:Seq>
		<rdf:li rdf:resource="http://bardesoap.blogtribe.org/entry-1eb538cc014d7d66d0aed16eb6472f12.html"/>
		<rdf:li rdf:resource="http://bardesoap.blogtribe.org/entry-b5fa4de3812352ec8491497c8eed69d4.html"/>
		<rdf:li rdf:resource="http://bardesoap.blogtribe.org/entry-278b0d96f2095ebda7c77963f7c53662.html"/>
		<rdf:li rdf:resource="http://bardesoap.blogtribe.org/entry-cd446784df6721628358e493010cac2e.html"/>
		<rdf:li rdf:resource="http://bardesoap.blogtribe.org/entry-e15e6103a383f92c5b6d94b213d02388.html"/>
		<rdf:li rdf:resource="http://bardesoap.blogtribe.org/entry-9067a935bba35c445de0b6f569a8c370.html"/>
		<rdf:li rdf:resource="http://bardesoap.blogtribe.org/entry-0689a60b14a572671c2be083a289dc6e.html"/>
		<rdf:li rdf:resource="http://bardesoap.blogtribe.org/entry-93da38d3d4ed6ccea2ba5fd5f29c7379.html"/>
		<rdf:li rdf:resource="http://bardesoap.blogtribe.org/entry-8d487735295597d1723dccd4f2b289c0.html"/>
		<rdf:li rdf:resource="http://bardesoap.blogtribe.org/entry-5d8b685e64a049ab8f059cd07827209d.html"/>
   </rdf:Seq>
  </items>
 </channel>
  <item rdf:about="http://bardesoap.blogtribe.org/entry-1eb538cc014d7d66d0aed16eb6472f12.html">
  <title>金井君は自然派の</title>
  <link>http://bardesoap.blogtribe.org/entry-1eb538cc014d7d66d0aed16eb6472f12.html</link>
  <description>小説を読む度（たび）に、その作中の人物が、行住坐臥（ざが）造次顛沛（てんぱい）、何に就けても性欲的写象を伴うのを見て、そして批評が、それを人生を写し得たものとして認めているのを見て、人生は果してそんなものであろうかと思うと同時に、或は自分が人間一般の心理的状態を外（はず）れて性欲に冷澹（れいたん）であるのではないか、特に frigiditas とでも名づくべき異常な性癖を持って生れたのではあるまいかと思った。そういう想像は、zolaの小説などを読んだ時にも起らぬではなかった。しかしそれは Germinal やなんぞで、労働者の部落の人間が、困厄の極度に達した処を書いてあるとき、或る男女の逢引（あいびき）をしているのを覗（のぞ）きに行く段などを見て、そう思ったのであるが、その時の疑は、なんで作者がそういう処を、わざとらしく書いているだろうというのであって、それが有りそうでない事と思ったのでは無い。そんな事もあるだろうが、それを何故（なぜ）作者が書いたのだろうと疑うに過ぎない。即（すなわ）ち作者一人の性欲的写象が異常ではないかと思うに過ぎない。小説家とか詩人とかいう人間には、性欲の上には異常があるかも知れない。この問題は Lombroso なんぞの説いている天才問題とも関係を有している。Mobius［＃「o」にはウムラウトが付く］一派の人が、名のある詩人や哲学者を片端から掴（つか）まえて、精神病者として論じているも、そこに根柢を有している。しかし近頃日本で起った自然派というものはそれとは違う。大勢の作者が一時に起って同じような事を書く。批評がそれを人生だと認めている。その人生というものが、精神病学者に言わせると、一々の写象に性欲的色調を帯びているとでも云いそうな風なのだから、金井君の疑惑は前より余程深くなって来たのである。
　そのうちに出歯亀（でばかめ）事件というのが現われた。出歯亀という職人が不断女湯を覗く癖があって、あるとき湯から帰る女の跡を附けて行って、暴行を加えたのである。どこの国にも沢山ある、極て普通な出来事である。西洋の新聞ならば、紙面の隅の方の二三行の記事になる位の事である。それが一時世間の大問題に膨脹（ぼうちょう）する。所謂（いわゆる）自然主義と聯絡（れんらく）を附けられる。出歯亀主義という自然主義の別名が出来る。出歯るという動詞が出来て流行する。金井君は、世間の人が皆色情狂になったのでない限は、自分だけが人間の仲間はずれをしているかと疑わざることを得ないことになった。
</description>
	<dc:creator>bardesoap</dc:creator>
  <dc:date>2005-12-09T17:06:04+09:00</dc:date> 
 </item>
  <item rdf:about="http://bardesoap.blogtribe.org/entry-b5fa4de3812352ec8491497c8eed69d4.html">
  <title>ヰタ・セクスアリス</title>
  <link>http://bardesoap.blogtribe.org/entry-b5fa4de3812352ec8491497c8eed69d4.html</link>
  <description>金井湛（しずか）君は哲学が職業である。
　哲学者という概念には、何か書物を書いているということが伴う。金井君は哲学が職業である癖に、なんにも書物を書いていない。文科大学を卒業するときには、外道（げどう）哲学と Sokrates 前の希臘（ギリシャ）哲学との比較的研究とかいう題で、余程へんなものを書いたそうだ。それからというものは、なんにも書かない。
　しかし職業であるから講義はする。講座は哲学史を受け持っていて、近世哲学史の講義をしている。学生の評判では、本を沢山書いている先生方の講義よりは、金井先生の講義の方が面白いということである。講義は直観的で、或物の上に強い光線を投げることがある。そういうときに、学生はいつまでも消えない印象を得るのである。殊（こと）に縁の遠い物、何の関係もないような物を藉（か）りて来て或物を説明して、聴く人がはっと思って会得するというような事が多い。Schopenhauer は新聞の雑報のような世間話を材料帳に留（と）めて置いて、自己の哲学の材料にしたそうだが、金井君は何をでも哲学史の材料にする。真面目（まじめ）な講義の中で、その頃青年の読んでいる小説なんぞを引いて説明するので、学生がびっくりすることがある。
　小説は沢山読む。新聞や雑誌を見るときは、議論なんぞは見ないで、小説を読む。しかし若（も）し何と思って読むかということを作者が知ったら、作者は憤慨するだろう。芸術品として見るのではない。金井君は芸術品には非常に高い要求をしているから、そこいら中にある小説はこの要求を充たすに足りない。金井君には、作者がどういう心理的状態で書いているかということが面白いのである。それだから金井君の為めには、作者が悲しいとか悲壮なとかいう積（つもり）で書いているものが、極（きわめ）て滑稽（こっけい）に感ぜられたり、作者が滑稽の積で書いているものが、却（かえっ）て悲しかったりする。
　金井君も何か書いて見たいという考はおりおり起る。哲学は職業ではあるが、自己の哲学を建設しようなどとは思わないから、哲学を書く気はない。それよりは小説か脚本かを書いて見たいと思う。しかし例の芸術品に対する要求が高い為めに、容易に取り附けないのである。
　そのうちに夏目金之助君が小説を書き出した。金井君は非常な興味を以て読んだ。そして技癢（ぎよう）を感じた。そうすると夏目君の「我輩は猫である」に対して、「我輩も猫である」というようなものが出る。「我輩は犬である」というようなものが出る。金井君はそれを見て、ついつい嫌（いや）になってなんにも書かずにしまった。
　そのうち自然主義ということが始まった。金井君はこの流義の作品を見たときは、格別技癢をば感じなかった。その癖面白がることは非常に面白がった。面白がると同時に、金井君は妙な事を考えた。
</description>
	<dc:creator>bardesoap</dc:creator>
  <dc:date>2005-12-08T17:05:44+09:00</dc:date> 
 </item>
  <item rdf:about="http://bardesoap.blogtribe.org/entry-278b0d96f2095ebda7c77963f7c53662.html">
  <title>その内別荘へ知らぬ人が来て</title>
  <link>http://bardesoap.blogtribe.org/entry-278b0d96f2095ebda7c77963f7c53662.html</link>
  <description>荷車の軋る音がした。床の上を重そうな足で踏む響がした。クサカは知らぬ人の顔を怖れ、また何か身の上に不幸の来るらしい感じがするので、小さくなって、庭の隅に行って、木立の隙間から別荘を見て居た。
　其処へレリヤは旅行の時に着る着物に着更えて出て来た。その着物は春の頃クサカが喰い裂いた茶色の着物であった。「可哀相にここに居たのかい。こっちへ一しょにおいで」とレリヤがいった。そして犬を連れて街道に出た。街道の傍は穀物を刈った、刈株の残って居る畠であった。所々丘のように高まって居る。また低い木立や草叢（くさむら）がある。暫く行くと道標の杙（くい）が立って居て、その側に居酒屋がある。その前に百姓が大勢居る。百姓はこの辺りをうろつく馬鹿者にイリュウシャというものがいるのをつかまえて、からかって居る。
「一銭おくれ」と馬鹿は大儀そうな声でいった。「ふうむ薪でも割ってくれれば好いけれど、手前にはそれも出来まい」と憎げに百姓はいった。馬鹿は卑しい、卑褻な詞で返事をした。
　レリヤは、「此処は厭な処だから、もう帰りましょうね」と犬に向かっていって、後ろも見ずに引き返した。
　レリヤは皆と別荘を離れて停車場にいって、初めてクサカに暇乞（いとまごい）をしなかったことを思い出した。
　クサカは別荘の人々の後について停車場まで行って、ぐっしょり沾れて別荘の処に帰って来た。その時クサカは前と変った芸当を一つしたが、それは誰も見る人がなかった。芸当というのは、別荘の側で、後脚で立ち上がって、爪で入口の戸をかりかりと掻いたのであった。最早別荘は空屋になって居る。雨は次第に強くふって来る。秋の夜長の闇が、この辺を掩（おお）うてしまう。別荘の周囲が何となく何時もより広いような心持がする。
　その内全く夜になった。犬は悲しげに長く吠えた。その声はさも希望のなさそうな、単調な声であった。その声を聞くものは、譬えば闇の夜が吐く溜息を聞くかと思った。その声を聞けば、何となく暖かい家が慕わしくなる。愛想のある女の胸が慕わしくなる。犬は吠え続けた。

（明治四十三年一月）




</description>
	<dc:creator>bardesoap</dc:creator>
  <dc:date>2005-12-07T17:05:27+09:00</dc:date> 
 </item>
  <item rdf:about="http://bardesoap.blogtribe.org/entry-cd446784df6721628358e493010cac2e.html">
  <title>しかし犬が気持ちよく思うのはこの</title>
  <link>http://bardesoap.blogtribe.org/entry-cd446784df6721628358e493010cac2e.html</link>
  <description>時もただ独り居る時だけであった。人に摩られる時はまだ何だか苦痛を覚える。何か己の享けるはずでない事を享けるというような心持であった。クサカはまだ人に諂（へつら）う事を知らぬ。余所（よそ）の犬は後脚で立ったり、膝なぞに体を摩り付けたり、嬉しそうに吠えたりするが、クサカはそれが出来ない。
　クサカの芸当は精々ごろりと寝て背中を下にして、目を瞑って声を出すより外はない。しかしそれだけでは自分の喜びと、自分の恩に感ずる心とを表わすことが出来ぬと思った。それでふいと思い出したことがある。それは昔余所の犬のするのを見て、今までは永く忘れて居たことであった。クサカはそれをやる気になって、飛びあがって、翻筋斗（とんぼがえり）をして、後脚でくるくる廻って見せた。それも中々手際よくは出来ない。
　レリヤはそれを見て吹き出して、「お母あさんも皆も御覧よ。クサカが芸をするよ。クサカもう一反やって御覧。それでいい、それでいい」といった。
　人々は馳せ集ってこれを見て笑った。クサカは相変らず翻筋斗をしたり、後脚を軸にしてくるくる廻ったりして居るのだ、しかし誰もこの犬の目に表われて居る哀願するような気色を見るものはない。大人でも子供でも「クサチュカ、またやって御覧」という度に、犬は翻筋斗をしてくるくる廻って、しまいには皆に笑われながら仆（たお）れてしまう。
　次第にクサカは食物の心配などもないようになった。別荘の女中が毎日時分が来れば食物を持って来る。何時も寝る処に今は威張って寝て、時々は人に摩られに自分から側へ寄るようになった。そうしてクサカは太った。時々は子供たちが森へ連て行く。その時は尾を振って付いて行って、途中で何処か往ってしまう。しかし夜になれば、別荘の人々には外で番をして吠える声が聞えるのである。
　その内秋になった。雨の日が続いた。次第に処々の別荘から人が都会へ帰るようになった。
　この別荘の中でも評議が初まった。レリヤが、「クサカはどうしましょうね」といった。この娘は両手で膝を擁（だ）いて悲しげに点滴（しずく）の落ちている窓の外を見ているのだ。
　母は娘の顔を見て、「レリヤや。何だってそんな行儀の悪い腰の掛けようをして居るのだえ。そうさね。クサカは置いて行くより外あるまいよ」といった。「可哀そうね」とレリヤは眩いた。「可哀そうだって、どうも為様（しよう）はないじゃありませんか。内には庭はないし。それだといって、家の中へあんなものを連れて這入る訳にいかない事は、お前にだって解ろうじゃありませんか」と母はいった。「可哀そうね」とレリヤは繰り返して居たが、何だか泣きそうな顔になった。
</description>
	<dc:creator>bardesoap</dc:creator>
  <dc:date>2005-12-06T17:05:12+09:00</dc:date> 
 </item>
  <item rdf:about="http://bardesoap.blogtribe.org/entry-e15e6103a383f92c5b6d94b213d02388.html">
  <title>レリヤはこういって顔を振り上げた</title>
  <link>http://bardesoap.blogtribe.org/entry-e15e6103a383f92c5b6d94b213d02388.html</link>
  <description>犬を誉めた詞（ことば）の通りに、この娘も可哀い眼付をして、美しい鼻を持って居た。それだから春の日が喜んでその顔に接吻して、娘の頬が赤くなって居るのだ。
　クサカは生れてから、二度目に人間の側へ寄って、どうせられるか、打たれるか、摩られるかと思いながら目を瞑（つぶ）った。しかし今度は摩られた。小さい温い手が怖る怖る毛のおどろになって居る、犬の頭に触れた。次第に馴れて来て、その手が犬の背中を一ぱいに摩って、また指尖で掻くように弄った。
　レリヤは別荘の方に向いて、「お母あさんも皆も来て御覧。私今クサカを摩って居るのだから」といった。
　子供たち大勢がわやわやいって走り寄った。クサカの方ではやや恐怖心を起して様子を見て居た。クサカの怖れは打たれる怖れではない。最早鋭い牙を、よしや打たれてもこの人たちに立てることが出来ぬようになったのを怖れるのだ。平生の人間に対する憤りと恨みとが、消えたために、自ら危んだのだ。どの子もどの子も手を出して摩るのだ。摩られる度に、犬はびくびくした。この犬のためにはまだ摩られるのが、打たれるように苦痛なのであった。
　次第にクサカの心持が優しくなった。「クサカ」と名を呼ばれる度に何の心配もなく庭に走り出るようになった。クサカは人の持物になった。クサカは人に仕えるようになった。犬の身にとっては為合者（しあわせもの）になったのではあるまいか。
　この犬は年来主人がなくて饑渇に馴れて居るので、今食物を貰うようになっても余り多くは喰べない。しかしその少しの食物が犬の様子を大相に変えた。今までは処々に捩（よじ）れて垂れて居て、泥などで汚れて居た毛が綺麗になって、玻璃（はり）のように光って来た。この頃は別荘を離れて、街道へ出て見ても、誰も冷かすものはない。ましてや石を投げつけようとするものもない。
</description>
	<dc:creator>bardesoap</dc:creator>
  <dc:date>2005-12-05T17:04:57+09:00</dc:date> 
 </item>
  <item rdf:about="http://bardesoap.blogtribe.org/entry-9067a935bba35c445de0b6f569a8c370.html">
  <title>夜になって犬は人々の</title>
  <link>http://bardesoap.blogtribe.org/entry-9067a935bba35c445de0b6f569a8c370.html</link>
  <description>寝静まった別荘の側に這い寄って、そうして声を立てずにいつも寝る土の上に寝た。いつもと違って人間の香がする。熱いので明けてある窓からは人の呼吸が静かに漏れる。人は皆な寝て居るのだ。犬は羨ましく思いながら番をして居る。犬は左右の眼で交る交る寝た。そうして何か物音がする度に頭を上げて、燐のように輝く眼を（みひら）いた。種々な物音がする。しかしこの春の夜の物音は何れも心を押し鎮めるような好い物音であった。何とは知らず周囲の草の中で、がさがさ音がして犬の沾（ぬ）れて居る口の端に這い寄るものがある。木の上では睡った鳥の重りで枯枝の落ちる音がする。近い街道では車が軋る。中には重荷を積んだ車のやや劇しい響をさせるのもある。犬の身の辺には新らしい児（チャン）の匂いがする。
　この別荘に来た人たちは皆好い人であった。その好い人が町を離れて此処で清い空気を吸って、緑色な草木を見て、平日よりも好い人になって居るのだ。初の内は子供を驚かした犬を逐い出してしまおうという人もあり、中には拳銃で打ち殺そうなどという人もあった。その内に段々夜吠える声に聞き馴れて、しまいには夜が明けると犬のことを思い出して「クサカは何処に居るかしらん」などと話し合うようになった。
　このクサカという名がこういう風に初めてこの犬に附けられた。稀には昼間も木立の茂った中にクサカの姿が見える。しかし人が麺包（パン）を遣ろうと思って、手を動かすと、その麺包が石ででもあるかのように、犬の姿は直ぐ見えなくなる。その内皆がクサカに馴れた。何時か飼犬のように思って、その人馴れぬ処、物を怖れる処などを冷かすような風になった。そこで一日一日と人間とクサカとを隔てる間が狭くなった。クサカも次第に別荘の人の顔を覚えて、昼食の前半時間位の時になると、木立の間から顔を出して、友情を持った目で座敷の方を見るようになった。その内高等女学校に入学して居るレリヤという娘、これは初めて犬に出会った娘であったが、この娘がいよいよクサカを別荘の人々の近づきにする事になった。
「クサチュカ、私と一しょにおいで」と犬を呼んで来た。「クサチュカ、好い子だね。お砂糖をあげようか。おいでといったらおいでよ」といった。
　しかしクサカは来なかった。まだ人間を怖れて居る。レリヤは平手で膝を打って出来るだけ優しい声で呼んだ。それでも来ないので、自分が犬の方へ寄って来た。しかし迂濶に側までは来ない。人間の方でも噛まれてはならぬという虞（おそれ）があるから。
「クサチュカ、どうもするのじゃないよ。お前は可哀い眼付をして居る。お前の鼻梁も中々美しいよ。可哀がって遣るから、もっと此方へおいで」といった。
</description>
	<dc:creator>bardesoap</dc:creator>
  <dc:date>2005-12-04T17:04:30+09:00</dc:date> 
 </item>
  <item rdf:about="http://bardesoap.blogtribe.org/entry-0689a60b14a572671c2be083a289dc6e.html">
  <title>冬の夜は永い。</title>
  <link>http://bardesoap.blogtribe.org/entry-0689a60b14a572671c2be083a289dc6e.html</link>
  <description>明別荘の黒い窓はさびしげに物音の絶えた、土の凍た庭を見出して居る。その内春になった。春と共に静かであった別荘に賑が来た。別荘の持主は都会から引越して来た。その人々は大人も子供も大人になり掛かった子供も、皆空気と温度と光線とに酔って居る人達で、叫んだり歌を謡ったり笑ったりして居る。
　その中でこの犬と初めて近づきになったのは、ふと庭へ走り出た美しい小娘であった。その娘は何でも目に見えるものを皆優しい両手で掻き抱き、自分の胸に押しつけたいと思うような気分で、まず晴れ渡った空を仰いで見て、桜の木の赤味を帯びた枝の方を見て、それから庭の草の上に寝ころんで顔を熱く照らす日に向けて居た。しかしそれも退屈だと見えて、直ぐに飛び上がって手を広げて、赤い唇で春の空気に接吻して「まあ好い心持だ事」といった。
　その時何と思ったか、犬は音のしないように娘の側へ這い寄ったと思うと、着物の裾を銜（くわ）えて引っ張って裂いてしまって、直ぐに声も出さずに、苺（いちご）の木の茂って居る中へ引っ込んだ。娘は直ぐに別荘に帰って、激した声で叫んだ。「喰付く犬が居るよ。お母あさんも、みんなも、もう庭へ出てはいけません。本当に憎らしい犬だよ」といった。
</description>
	<dc:creator>bardesoap</dc:creator>
  <dc:date>2005-12-03T17:04:14+09:00</dc:date> 
 </item>
  <item rdf:about="http://bardesoap.blogtribe.org/entry-93da38d3d4ed6ccea2ba5fd5f29c7379.html">
  <title>犬</title>
  <link>http://bardesoap.blogtribe.org/entry-93da38d3d4ed6ccea2ba5fd5f29c7379.html</link>
  <description>この犬は名を附けて人に呼ばれたことはない。永い冬の間、何処にどうして居るか、何を食べて居るか、誰も知らぬ。暖かそうな小屋に近づけば、其処に飼われて居る犬が、これも同じように饑渇に困（くるし）められては居ながら、その家の飼犬だというので高慢らしく追い払う。饑渇に迫られ、犬仲間との交を恋しく思って、時々町に出ると、子供達が石を投げつける。大人も口笛を吹いたり何かして、外の犬を嗾（けしか）ける。そこでこわごわあちこち歩いた末に、往来の人に打突（ぶつか）ったり、垣などに打突ったりして、遂には村はずれまで行って、何処かの空地に逃げ込むより外はない。人の目にかからぬ木立の間を索めて身に受けた創（きず）を調べ、この寂しい処で、人を怖れる心と、人を憎む心とを養うより外はない。
　たった一度人が彼に憫（あわれ）みを垂れたことがある。それは百姓で、酒屋から家に帰りかかった酔漢であった。この男は目にかかる物を何でも可哀がって、憐れで、ああ人間というものは善いものだ、善い人間が己れのために悪いことをするはずがない、などと口の中で囁（ささや）く癖があった。この男がたまたま酒でちらつく目にこの醜い犬を見付けて、この犬をさえ、良い犬可哀い犬だと思った。
「シュッチュカ」とその男は叫んだ。これは露西亜（ロシア）で毎（つね）に知らぬ犬を呼ぶ名である。「シュッチュカ」、来い来い、何も可怖（こわ）いことはない。
　シュッチュカは行っても好いと思った。そこで尻尾を振って居たが、いよいよ行くというまでに決心がつかなかった。百姓は掌で自分の膝を叩いて、また呼んだ。「来いといったら来い。シュッチュカ奴。馬鹿な奴だ。己れはどうもしやしない。」
　そこで犬は小股に歩いて、百姓の側へ行掛かった。しかしその間に百姓の考が少し変って来た。それは今まで自分の良い人だと思った人が、自分に種々迷惑をかけたり、自分を侮辱したりした事があると思い出したのだ、それで心持が悪くなって訳もなく腹を立って来た。シュッチュカは次第に側へ寄って来た。その時百姓は穿（は）いて居る重い長靴を挙げて、犬の腋腹を蹴た。
「ええ。畜生奴、うぬまで己の側へ来やがるか。」犬は悲しげに啼いた。これはさ程痛かったためではないが、余り不意であったために泣いたのだ。さて百姓は蹣跚（よろめ）きながら我家に帰った。永い間女房を擲って居た。そうしてたった一週間前に買って遣った頭に被る新しい巾を引き裂いた。
　それからこの犬は人間というものを信用しなくなって、人が呼んで摩（さす）ろうとすると、尾を股の間へ挿んで逃げた。時々はまた怒って人間に飛付いて噛もうとしたが、そんな時は大抵杖で撲たれたり、石を投付けられたりして、逃げなければならぬのであった。ある年の冬番人を置いてない明別荘の石段の上の方に居処を占めて、何の報酬も求めないで、番をして居た。夜になると街道に出て声の嗄れるまで吠えた。さて草臥（くたびれ）れば、別荘の側へ帰って独で呟（つぶや）くような声を出して居た。


</description>
	<dc:creator>bardesoap</dc:creator>
  <dc:date>2005-12-02T17:03:51+09:00</dc:date> 
 </item>
  <item rdf:about="http://bardesoap.blogtribe.org/entry-8d487735295597d1723dccd4f2b289c0.html">
  <title>電話の鈴（りん）が鳴る度に、</title>
  <link>http://bardesoap.blogtribe.org/entry-8d487735295597d1723dccd4f2b289c0.html</link>
  <description>プラトンは全身を震はせて、一種の恐怖が熱いものゝやうに心の臓に迫つて来るのを感じた。そして床に起き直つて耳を欹（そばだ）てゝ聞いてゐる。毒々しい声が「なぜ通過させないのだ」「どうして通過させないのだ」と云ふやうに思はれる。それから人事不省になつてゐると、誰やら受話器を持つて来て、無理に耳へ押し当てる。さうすると、こん度は意地の悪い外国通信記者の声がする。これは二三日前に会談をしたのである。それがこんな事を囁く。「どうですか。念の為め今一度承知して置きたいのですがな。どうしてもフランスの記事を一切通過させないと仰やるのですか。」とう／＼しまひには、平生仲善しの衛生課長が幻のやうに見えて、顔をくしや／＼にして叫んでゐる。
「どうも個人攻撃は行かん。我輩の監督してゐる汚物排除は善く行はれてゐるのに、毎号新聞で悪く言つてある。なぜあんな記事を通過させるのですか。どうも其筋へ言はんでは済まされんです。怪しからん。」
　そのうち体の中で不思議な感じがした。何物かがちぎれて、ちく／＼引き吊つて、ぶる／＼震えてゐる。それから傍の卓の上にあるコツプの水を取つて飲まうとすると、右の手が言ふことを聞かなくなつてゐた。丸で手ではなくて外の物のやうであつた。
　プラトンはびつくりして、「グラツシヤア」と一声呼んだ。その声が小さくて、咳枯（しやが）れてゐて、別人の声のやうであつた。夫人は隔たつた室にゐたので、此声が聞えなかつた。小さいニノチユカがゴム毬を抱いて走つて来て、すゞしい声で云つた。
「お父うさん。何御用。お母あさんを呼びませうか。」
　夫人が室に這入つた時には、プラトンは泣いてゐた。そして左の手と足とが利かなくなつて、右の目が見えなくなつたのを、容易に打ち明けて言はなかつた。
　　　　　――――――――――――
　夫人の話の済んだ時は二時が鳴つてゐた。
「さあ。もうそろ／＼行かなくちやあ。」学士がかう云つた。
「もう目を醒ましてゐるかも知れません。ちよつと見てまゐりませう。」夫人は泣き出しさうな声でかう云つて、病室へ行く。
「どれ。行つて見ませう。」学士は夫人の跡に附いて行く。
　病室に這入つて見ると、プラトンはぢつとして、両眼を大きく※（みひら）いて、意味もなく、しかも苦しげに、聖像の方を見詰めてゐた。

</description>
	<dc:creator>bardesoap</dc:creator>
  <dc:date>2005-12-01T17:03:34+09:00</dc:date> 
 </item>
  <item rdf:about="http://bardesoap.blogtribe.org/entry-5d8b685e64a049ab8f059cd07827209d.html">
  <title>予定ぴったしに</title>
  <link>http://bardesoap.blogtribe.org/entry-5d8b685e64a049ab8f059cd07827209d.html</link>
  <description>があったけど、
わるい膿を全部だしきった感じはあります。
はい。
だますとか、だまされるとかよくないね。
騙されないようにしなくちゃ悪人が増える。

全国風俗情報
はじめまして！風俗メッセンジャー
禁止区域！風俗アカン！
苦しみの向こうにもっと苦しみ
薬売り店舗富山
民族の風俗
風俗範疇
良くないよ風俗かっこわるい
ムチムチ巨乳専門風俗店特集？
風俗嬢の動画と自己紹介を探せ
舐めてくれ
デリヘルファン
名古屋娘をもらって
デリバリーヘルスビジネス
奈良でイキる
大阪のデリバリーヘルスなんて
福岡風俗情報
福岡県博多天神中州イロイロ風俗満載アル
現代邦楽は風俗嬢に堕ちた
安土桃山の文化と風俗
私はドラゴン
風俗漫遊記
甘い青春とイメクラ
全国デリバリーヘルス最大情報
子供を預けて風俗に行こう
ポプラノ仙台情報
風俗夜話
ヤリタイ！男の性欲の行方！
幸せをデリバリーヘルス
風俗嬢万歳
池袋風俗浸り
肉食風俗嬢
風俗バーガー
神奈川セミナー
風俗ＰＵＴＴＩ
北海道の風俗店
鹿児島姫
だけどトークは空回り
カンタン風俗情報
ビールの泡でソープランド
龍ヶ崎風俗
王子様、風俗へ行く
ソープランド王道
ソープランド物故抜き！
天網恢恢祖にして漏らさず
ザ・名古屋のソープランド
全国イメージクラブ＆風俗
あの夏のソープランド
天下の台所大阪の遊郭
１カラットの風俗嬢
湯煙風俗

</description>
	<dc:creator>bardesoap</dc:creator>
  <dc:date>2005-11-30T22:56:49+09:00</dc:date> 
 </item>
</rdf:RDF>