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  <title>三国志―正史と小説の狭間〜満田剛のブログ</title>
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  <description>中国古代史（主に『三国志』に関する史学史）を専攻している満田剛のブログです。</description>
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  <title>『蒼天航路』11（その１）</title>
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  <description>がいる）に向かって、『蒼天航路』９で諸葛亮が述べた「天下三分の計」にのっとった「宣言」をする。

「すでにしておいらの在る処が天下だ！まずは、まずはおいらの民よ！真っ新の天下を切り拓いたのはおめえらだ！こんな所で死ぬんじゃねえぞ！おいらの天下はおめえらの熱い心を燃やし尽くせる処！天寿を全うできる天下だ！そして孫権！おいらはまずおめえの天下と盟を結ぶ！……最後に曹操！中原の天下人に申し渡す！たった今から天下は三分！つまりは天下三倍！この戦ァ、以上の宣言をもって緒戦は劉備の勝ちとすべし！」（『蒼天航路』その二百三十八・劉備宣言〔趣旨〕参照）

著者の「天下三分の計」の解釈からすると、本作品での劉備の考えは確かにこのようなものであるが、劉備が「すでにしておいらの在る処が天下だ！」という「覚悟」をしてしまっているところがポイントであろう。
　その後の揚州方面に向かう中で劉備は「荊州はでけえ。中原なんぞすっぽり収まっちまうほどにでけえ。州都と軍事拠点は曹操に押さえられちまったが、３分の２はまだゆうに残ってる」（『蒼天航路』その二百四十・望膾炙〔趣旨〕参照）と述べているが、歴史地図を見ると確かにこのようなことを言うことができる。なかなか興味深い視点である。歴史書『三国志』での魯粛の「天下三分の計」は、当時の呉の国力からすると荊州を支配しきれないと考えていたためだと見ることもできる（拙著『三国志　正史と小説の狭間』159〜160頁など参照）が、もしその通りだとすれば、この「荊州の広さ」も理由の一つであろう。
　孔融の処刑を、曹操と「官吏の大多数を占める儒者との戦い」（『蒼天航路』その二百四十一・儒の息づかい参照）の中で位置づけているのは、渡邉義浩先生の「三国時代における「文学」の政治的宣揚―六朝貴族制形成史の視点から―」（『東洋史研究』54-3　1995年、渡邉義浩〔著〕『三国政権の構造と「名士」』（汲古書院　2004年）第４章第３節）などの諸研究を押さえた上でのことであろうか。これはこれで興味深い。
　ちなみに、陳舜臣〔著〕『曹操　魏の曹一族』（下）（中央公論社　1998年）112〜122頁を見ると、曹操は「病に伏せる曹沖の命ごいのために（孔融を救うための）大赦令を出すべき」との声があるのを踏まえて、孔融を曹沖よりも先に処刑することにこだわったことになっている。この陳氏の考え通りだったのかどうかは、現時点での筆者には速断できないが、考慮すべき見解ではあるだろう。『蒼天航路』ではそもそも曹沖が登場していないので、陳氏のような見解は出てくることはない。歴史書『三国志』を読んでいると、曹操にとっての曹沖の存在の大きさが垣間見えるが、筆者としては「なぜ『蒼天航路』で曹沖が全く取り上げられなかったのか」ということに興味がある。
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  <dc:date>2008-11-17T02:03:00+09:00</dc:date> 
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  <title>購入（2008/11/16）</title>
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  <description>「三国伝豪傑大全　赤壁之章」（バンダイ　2008年）
李學仁〔原案〕王欣太〔著〕『蒼天航路』15
（講談社　講談社漫画文庫　2005年第１刷,2008年第10刷　ISBN 4-06-360892-1）

　Amazon.co.jpから。模型のほうは長男のおもちゃとして購入。</description>
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  <dc:date>2008-11-16T13:50:00+09:00</dc:date> 
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  <title>『蒼天航路』10（その２）</title>
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  <description>李學仁〔原案〕王欣太〔著〕『蒼天航路』10（その２）
（講談社　講談社漫画文庫　2001年第１刷　ISBN 4-06-260962-2）

　本作品で描かれている、劉備の逃亡にまつわるエピソードや長坂での張飛が魅せる武勇はほぼオリジナルであり、架空の人物である劉冀（劉備の長男）も登場している（とはいえ、『三国演義』などで登場する架空の人物である周倉は本作品では登場しない）。
　曹操軍から逃げる際、諸葛亮の配下から「天下をはいずりまわる寄生虫」（『蒼天航路』その二百十七・殿の虎〔趣旨〕参照）と呼ばれたり、「おまえはただみんなから好かれたいと思っているだけの洟たらしのうつけ者だ。おまえはな、民の笑顔ではなく、自分に笑顔を向けてくれる民を欲しがっているだけだ」（『蒼天航路』その二百十九・Obsession〔趣旨〕参照）と言われて落ち込み、さらには「天下にとって最良の道はあんたがここでおっ死んでくれることなんじゃが」（『蒼天航路』その二百十九・Obsession〔趣旨〕参照）などと言われて追い詰められた末に見せる、どうしようもないほど情けない劉備像もおそらく架空であり、このような話は「ありえないとも言い切れないが、実際にはなかったであろう」といったところである。乗っていた馬車から子どもを投げ捨てるエピソードは劉邦の話からの転用かもしれないが、このようなエピソードから「天下人・劉備」として覚醒していくところが描かれていくのである。
　ところで、本作品の劉備・関羽・張飛・趙雲の人間関係の中では、彼らが弱きを助け強きを挫き、義のためには命を惜しまない「&amp;#20448;者」であるということが重視されている。これは歴史書『三国志』の記述を踏まえた上での納得できる面を持つ見解だと思う。
　スキンヘッド全体に傷を何箇所も持っているという人物にされている徐庶も、歴史書『三国志』の記述からすると「&amp;#20448;者」の性格を色濃く有しており、本作品でもその性質は継承されているようである。また、長坂のあたりまで劉備に付き従っていることも歴史書『三国志』の記述に近い。
「赤壁の戦い」に向かうストーリー展開のなかで、史実を踏まえつつ著者のオリジナルの設定も組み込むことで劉備などの人物像や戦い・事件に対する興味深い解釈を見ることができ、非常に面白い。

おススメ度：★★★★★

注）
ご覧になる方の環境によっては、諸葛の「葛」の字が本来の字と異なってしまうこともあるかと思うが、ご容赦いただきたい。</description>
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  <dc:date>2008-11-16T01:55:00+09:00</dc:date> 
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  <title>『蒼天航路』10（その１）</title>
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  <description>李學仁〔原案〕王欣太〔著〕『蒼天航路』10（その１）
（講談社　講談社漫画文庫　2001年第１刷　ISBN 4-06-260962-2）
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  <title>『蒼天航路』９（その３）</title>
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  <description>李學仁〔原案〕王欣太〔著〕『蒼天航路』９（その３）
（講談社　講談社漫画文庫　2001年第１刷、2003年第７刷　ISBN 4-06-260961-4）
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  <dc:date>2008-11-13T23:30:00+09:00</dc:date> 
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  <item rdf:about="http://mitsuda.blogtribe.org/entry-d5f49100d02cedd69f461dc21691275f.html">
  <title>拝受（2008/11/12）</title>
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  <description>國家〉の形成」（『大東文化大学漢学会誌』47 2008年）
渡邉義浩〔著〕「王肅の祭天思想」（『中国文化』66　1008年）
渡邉義浩〔著〕「〈受禪表〉碑における『尚書』の重視」（『三国志研究』３　2008年）

　渡邉先生よりお送りいただく。「レッドクリフPart１」の監修など、お忙しいであろう中でわざわざ抜刷をお送りいただいて恐縮しているところである。個人的には「王肅の祭天思想」に興味がある。
　渡邉先生、本当にありがとうございました。</description>
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  <title>『蒼天航路』９（その２―劉表について）</title>
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  <description>李學仁〔原案〕王欣太〔著〕『蒼天航路』９（その２―劉表について）
（講談社　講談社漫画文庫　2001年第１刷、2003年第７刷　ISBN 4-06-260961-4）
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  <title>新着（2008/11/10）</title>
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  <description>『史学雑誌』117-10（2008年10月）

　今号には仲山茂〔著〕「書評：高村武幸著『漢代の地方官吏と地域社会』」が掲載されている。</description>
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  <title>拝受（2008/11/08）</title>
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  <description>　2008年）
植松慎悟〔著〕「後漢時代における刺史の「行政官化」再考」
　　（『九州大学東洋史論集』36　2008年）

　唐代史研究会秋期シンポジウムの席上で著者の方々より頂戴する。福原先生、植松さん、本当にありがとうございました。勉強させていただきます。</description>
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  <title>購入（2008/11/08）</title>
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  <description>京都大学人文科学研究所附属漢字情報研究センター〔編〕
『三国鼎立から統一へ　史書と碑文をあわせ読む』
（研文出版　京大人文研漢籍セミナー２　2008年　ISBN 978-4-87636-287-5）
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